Psychologyの最近のブログ記事

脳は「結果が未知でも実行してみる」事ができる。パソコンなんかはコレができない。
例えば確保したメモリ以上の領域を使ったりすると、「このプログラムは不正な処理を~」ってお約束の表示が出てアプリケーションが終了してしまう。

しかし、この「結果が未知でも実行してみる事」は相当重要な能力で、
奇妙な言い方だけれども、人間とパソコンの用途の違いを上手く表している。
もし仮に人間がパソコンのような処理を始めたとすると、恐らく生まれた瞬間から何もしないのが最適解になるんじゃないかな。
何かすると地球を汚染する上に命は有限なので、何かしておいても死と共に意味を失うから。でもこれじゃあ人間が存続不能なのは自明の理。
パソコンが「パソコン的な処理」をするのには理由があって、ある前提条件の下での結果を算出する目的があるからなのだ。
対して人間は、発生時には発生結果に向かうけれどその後は特に理由も結果も目的もない。だからこそ「結果が未知でも実行してみる事」が必要だったりするわけだ。
仕事がなくても毎日特定の場所に居るだけじゃ退屈でしょうがない。だから「結果が未知でも何か楽しいことをする」

子供の時は本当にとんでもない発想力を誰もが持っている。
これは、できる/できないの考えと分離された発想があるからだ。
対して大人は、実行動に対してはこれがだいたい逆転する。目的が実現可能かどうかを検討するロジックが何度も間に入るから。
そして「目的が実現可能かどうかを検討するロジック」こそが発想を貧困にさせる張本人なのだ。
大人の思考は大変奇妙な仕組みで、発想を実現するために手段を絞り込むやり方は、回路と同じで「前提条件の下での結果を算出する目的」になる。これは非常にパソコン寄りの動作に近い。パソコン寄りの動作に近いんだけれども、前提条件を色々と組み替えて目的を達成するように仕向ける。この「色々と組み替える」動作は発想の領域なので、非常に人間的な動作なのだ。

昨今、批判ばかりが目に付く原因は「パソコン寄りの動作」に傾倒しすぎているのだと思う。なぜかというと、既にある物の批判はとっても簡単なのだ。例えば、まずいものを「おいしくない!」って言うのに理由が必要ないから。
対して、何かを生み出すのはとても難しい。どこから何を作れば良いのか。作ったとしてもそれは今あるものより便利で役に立つのか。などをできる限り網羅しなければならない。

皮肉にも、批判するだけの人が多ければ多いほど何かを生み出せる人は富んでゆく。
人間が人間らしさを持ち続けると上手く行くという発想の原点はこの辺りにあるんだろうね。苦しさがなければ楽しさもない。批判されて苦しい方は着実に経験を積んで成功した時の楽しさを夢見る。
対して批判する方は...一体何が残るんだろうか。。

例えばAさんとBさんが居ると仮定する。
このときAさんがBさんに何かを伝える行為の一連がある場合、

01.AさんがBさんに伝える内容を考える(思考)
02.AさんがBさんに何かを実際に伝える(動作)
03.BさんがAさんから伝えられたことを自分の持つ言葉の意味と照らし合わせる(思考)
04.BさんがAさんから伝えられたことを自分の理解として落とし込む(思考)
05.BさんがAさんへ「OK」と返す(動作)

嘘つきってのは大人になってからはたぶん直らないんじゃないかと思ってます。
しかし、その行為が終わらないということはその行為で成功している人が少なからず地球上のどこかに居るためだと思います。まあデメリットの無い嘘もありますからね。
例えばmixiで私が94歳になってるとか。

そういうことは置いといて、嘘はどのくらいの期間有効なのかを愚考してみました。

AFPBB:9.11同時多発テロからまもなく8年

思ったより日本ではこのニュースが少なかった。所詮海の向こうの出来事ってことなんだろうか?

怖い題にしちゃったけど笑い話です。
いや、笑えるかどうかは人それぞれなんですがね。

先日実家に帰った際に親と酒を煽りながら話をしていたんだけれども、

浮気したことある? 恋&Hのホンネ【12】

自分はキスからが浮気だと思っているが相手は手を繋いだら浮気とみなすらしい。
平均値だから厳密なことは不明だけど、明らかに自分への評価が甘い人が多いことが窺い知れる。
自分の行為への評価と他の人の行為の評価が等価ではないってのはどういう心理状況なんだろう?こういう人は例えば「同期の誰かが一人だけ昇給した」とか聴いたらどう思うのか?
自分への評価と他の人への評価が等価でないということは、他の人にも同じくそうされる可能性が高いことを織り込んでるのだろうか?
会社のような組織では貢献度合いが左右する場合もあるので、たとえ平等を掲げても差がつくことはあるが、基本的に人間関係上でとある誰かとほかの誰かの差を付けると、主に「差をつけられた上に評価が低い方」からの印象が圧倒的に悪くなる。まぁ、当たり前なんですけどね。これって生きる上で不利にならないんだろうか?

と思ったら一つの答えが同じサイトに。
嘘を付き通すor正直に謝る? 恋&Hのホンネ【31】
驚くべきことに3/4は...なようだ。これが全てとは言わないが、成程。これで辻褄を合わせて繕う可能性は十分にある。
こう見てみると、相手に合わせるというよりはその場に合わせて反応するって考え方の方が近いのかもしれない。似たような話は年収がそうなんだけど、相手の顔・職業・年収くらいしか解らない状況であった場合、実際にすぐ役に立つのは年収しか判断材料が無いから年収重視で選ぶのは当然の成り行きだと思う。が、世間からはバッシングされるんだよね。これ不思議。
断言しても良いが、例え顔で判断したところでバッシングされるし職業でも結果は同じだろう。これはアンケート方式の宿命だよね(^-^;


話がかなり脱線した。
かなり主観的な意見で恐縮だが、世の中の3/4が...でその場の対応で切り抜ける型をもった思考を持つ人が考える求める相手とは?
付き合う人と結婚相手、求める条件は同じ? 恋&Hのホンネ【44】

【恋愛編】いちばん重視するところは?:性格 62%

相手の性格を重視するそうです。これはどういうことなんだろう?
性格は同じ型(凹凹・凸凸)を求めるか、凹凸・凸凹型を求めるかでかなり結果が変わってしまうが...困ったことにこれは「性格が良い」「性格が悪い」の軸でしか論じていない。性格とは何かを知らなければ良いも悪いも不明だ。

性格とは何か。

gooの辞典では

(1)その人が生まれつきもっている感情や意志などの傾向。
(2)ある物事に特有の傾向や性質。
(3)〔心〕〔character〕その人特有の行動の仕方、ならびにそれを支える心理的な特性。特に感情的・意志的な側面をいうことが多い。キャラクター。

とある。この「性格」が「良い(悪い)」とはどういう意味を指しているんだろうか?
傾向や特性が「良い」というのは、何を以って「良い」なのかが解らないとどうすることもできないので、この判断は非常に難しい。加えて、先ほど書いたとおり同じ型を求めるか違う型を求めるかの軸も考慮しなければならないことを考えると、事態はさらに複雑化する。

じつは、この「複雑化した事態こそが答え」なんだろうなぁ。と愚考している。
少し考えると、人がある一定の考え方を持つ所までは共有できるが(例えば貨幣経済は相互に貨幣経済を承認しなければ成り立たない)、非常に細かい部分では全く同じ考えを持った人というのは存在しない。(何の食べ物が好きか?とかは相互一致する可能性が貨幣経済より遥かに落ちる)
こういった非常に細かい部分が「複雑化した事態」であって、それぞれ別々の答えを内包しているのだと思う。

さて、「複雑化した答え」の中でさらに「意中の誰かと出会える/付き合える」かは、実は一定の確率とか「ランダム」ではない。
あなたは肉食or猛禽or草食系女子のどれ? 恋&Hのホンネ【63】
このアンケートによると64%は待ち戦術をしている事が分かるので、積極的にアプローチをした方が成功率がやや高い。と言えそうだ。これが50%で拮抗するようになるとよりランダムに近くなるのだと思う。


しかし今ひとつ腑に落ちないのは相互承認を求めてる(ように自分は見える)のに自分と他人の判断基準が違うところだ。(最初のリンクのアンケね。)これは解らない。どうしてそうなるんだろう??
「自分は特別」みたいなベクトルがあるんだろうか。確かに「自分にとっての自分」は特別なのは解るが「誰かにとっての自分」は特別だとは限らないのに安易に判断をダブルスタンダードにするのはどういうことなんだろう?


もう少し自己愛あたりを勉強しなおします。

形而上学は大雑把に「意味(意義)を求める」ことだけれども、これは自分自身を指し示すと無限ループになってしまう。
ある法則を縛る法則があり、その意味を求めることは問題ではないが、2段階目以上の理論には適用できない。「意味の意味の意味の...」のような再帰は、行き着くところが無いか、全くどう繋がってるか解らないところへ行き着く。
例えば「風が吹けば桶屋が儲かる」のは何故か。これはこの型を作った人で無いと全く意味が分からない言説だが、みなまで聞くと「あり得るかも知れない」と思う可能性がある。複雑な言説や法則は、その言説や法則を完全に理解できないと意味そのものが存在しないのと同義になってしまう。

ところで、何故「意味を求める」んだろうか?形而上学ではこういう問いに答えることはできない。「意味」そのものが定義されていないのに、それを求める真に不思議な学問なのだ。「意味」とは何か。その定義はgoo辞書ではこんなふうに説明されているが、意味と言うのは個々人が「内在的に定義する価値」であることに変わりは無く、その「個々人の定義が他の個々人と全く同じであることはありえない」のだ。私はここで形而上学は破綻してると思うが、形而上学では「~の意味を答えることはできない」という問いも許可している。これは一体何のために存在しているのかも不明と言うことになりかねない。意味を与える学問が「意味を答えられないことを許可する」ことはどういうことなんだろうか?

何かに意味を持たせる営為は資本主義に付いて回る呪いか、それとも別の何かがあるんだろうか。
形而上学erな方が居たら、何か良い本を教えてください。どうしてもこの概念は納得するには何かが足りない。

面白い!!
もしも神龍が存在したらどんな願いを叶える? 大規模アンケートの結果とは!

これはなかなか良いアンケートのように思う。不老不死って6%しか居ないのか!!べジータやフリーザは6%の中の人かw
ところで不老不死ってどの年齢で止まるんだろうか?例えば10歳で「不老不死にして欲しい」と叶えてもらったとして、100歳まで歳を取ってそこで固定とかだとかなりの拷問っぷりになると思うが如何なものか。逆に1歳で止まるのも困るかもしれない。何もできんしw

他にも面白いのが、7.8%を得た「過去に戻りたい」かな。
何が面白いかと言うと、過去に戻っても結果はほぼ同じだと思うから。
過去に戻ると言うことは記憶もその過去に戻る。つまり経験を持って行けない以上何の価値も無く、また同じ歳になって「過去に戻りたい」ってなるだろう。
あ、これってマッチポンプってやつなのか?不老不死と同じジャン!!w

こう見てみると、人間の思考って明らかに「現状が変わらない上で」って構図になっているような気がする。例えばドラえもんを入手して、ドラえもんの行動をコントロールできなければ、ねずみをコントロールして地球破壊爆弾を防がなければならないという可能性を考えてるんだろうか?
「最強の戦闘力が欲しい」人は最強の戦闘力を地球上の人類が恐怖して滅ぼしに掛かる可能性をどう思うのだろうか?

思考はいつでも恣意的なんだなぁ。って思った。

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